スタートアップの就業規則|資金調達とDDに強い整え方の要点

「まだ数人だし、就業規則は早すぎるのでは?」——創業間もない経営者様から、こんなご相談を毎月いただきます。
結論をお伝えします。労働基準法第89条上、常時10人未満の事業場では就業規則の作成・届出は義務ではありません。ただし「義務ではない=不要」とは言い切れないのが、スタートアップの難しさ。少人数フェーズだからこそ、任意作成で整えておく実利があるのです。
本記事では、義務ラインの意味、資金調達・DDで見られる要点、盛り込みたい実務項目をご案内します。私たちKT社労士事務所の「伴走の型」もあわせてお伝えする流れ。読み終わる頃には、次に何から手をつけるか、うっすらでも見えているはずです。
お役に立てれば嬉しく思います。
INDEX≡目次
- 1スタートアップに就業規則は必要?迷ったときに最初に押さえたいこと
- ►「10人未満は義務ではない」の正確な意味
- ►スタートアップ経営者が迷いやすい3つのポイント
- ►任意作成しておくべきかの判断軸
- 2就業規則の作成義務と任意作成のライン(労働基準法第89条)
- ►「常時10人以上」の数え方(正社員・パート・役員の扱い)
- ►絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項
- ►作成後に必要な労働者代表の意見聴取と労働基準監督署への届出
- 3スタートアップが就業規則を任意作成する3つのメリット
- ►メリット1:採用時の候補者からの信頼シグナルになる
- ►メリット2:資金調達・IPO準備で「後戻り工数」を減らせる
- ►メリット3:創業メンバー間の暗黙のルールを言語化できる
- 4資金調達・デューデリジェンス(DD)で見られる就業規則のポイント
- ►労働時間・残業代の設計(みなし残業・裁量労働の運用整合)
- ►秘密保持・競業避止・成果物帰属の条項
- ►ストックオプション付与に伴う就業規則との整合性
- ►退職・解雇関連条項の妥当性
- 5スタートアップの就業規則に盛り込みたい実務項目
- ►リモートワーク・在宅勤務ルール(勤怠把握・費用負担)
- ►副業・兼業の許可制と競業配慮
- ►フレックスタイム制・裁量労働制の設計
- ►休職制度(メンタル不調・私傷病)の枠組み
- ►情報セキュリティ・SNSに関する服務規律
- 6就業規則づくりの進め方|KT社労士事務所の伴走の型
- ►ステップ1:現状のオペレーションと将来像のヒアリング
- ►ステップ2:たたき台の作成と経営者・現場との対話
- ►ステップ3:施行後の運用フォロー(見直しサイクル)
- ►「厚労省ひな型そのまま」がなぜおすすめしにくいのか
- ►内製と社労士依頼、それぞれの向き不向き
- 7スタートアップの就業規則に関するよくある質問
- ►従業員が10人未満のうちは、就業規則がなくても本当に問題ありませんか?
- ►就業規則に「副業禁止」と書いておけば、副業をした社員を処分できますか?
- ►退職代行を経由した退職は、就業規則で禁止できますか?
- ►資金調達を控えているのですが、就業規則はいつまでに整えれば良いですか?
- ►厚生労働省のモデル就業規則をそのまま使うのはダメですか?
スタートアップに就業規則は必要?迷ったときに最初に押さえたいこと
スタートアップに就業規則は「法的義務ではないが、実務上は早めの任意作成が合理的」——これが結論です。労働基準法第89条の義務ラインは常時10人以上。数人フェーズなら罰則の対象外です。ただし、採用・資金調達・トラブル予防の3側面で、規程がないと後から高くつく場面が出てきます。まずは「作らないリスク」の輪郭を、ご一緒に整理していきましょう。

「10人未満は義務ではない」の正確な意味
「10人未満は義務ではない」という言葉は正しいのですが、実務では誤解が生まれやすい表現でもあります。「10人未満」とは、事業場単位で常時使用する労働者の数のこと。会社全体の頭数ではありません。本社と支社が別事業場と評価される場合、それぞれの人数でカウントします。
また、「常時」とは、雇用の実態を指します。繁忙期だけスポットで雇うアルバイトは、カウントに含まないのが基本。一方、パート・アルバイトでも継続的に働いている方は含めます。役員は労働者性の有無で分かれるところ。「うちは正社員3人だから対象外」と早合点していたら、継続パートを含めて10人超え。そんな事例も、私たちは過去にお見受けしてきました。
義務ではない=何もしなくていい、というわけではありません。労働契約法や労働基準法自体は、1人でも従業員がいれば適用されます。就業規則という「形」を作らなくても、労働時間・賃金・休日・退職の扱いは、法律上のルールに従う必要があるのです。
スタートアップ経営者が迷いやすい3つのポイント
私たちのもとに寄せられる相談を見渡すと、スタートアップの経営者様が迷いやすいポイントは大きく3つに集約されます。
1つ目は、「今、何人を境目にすればいいのか」という判断軸の曖昧さ。2つ目は、「ひな型をコピペで済ませていいのか」という設計の粒度感。3つ目は、「作った後、誰がメンテナンスするのか」という運用体制です。どれも、法律の教科書には答えが載っていない、経営判断の領域。だからこそ「一緒に考える」相手が必要になる場面と言えます。
私自身、創業期のクライアントと話す際は、「まず何から?」に一発で答えないようにしています。経営者様の頭の中の優先順位を並べ替える時間を、まず取るのです。
任意作成しておくべきかの判断軸
「作るか、まだ作らないか」を決める際、私たちがヒアリングでお聞きする判断軸は次の観点です。
- 今後1年以内に採用予定があるか(3人→10人フェーズ突入前の整備は特に有利)
- 資金調達(シード後半・シリーズA以降)を視野に入れているか
- 創業メンバー間で、勤怠・報酬・退職時の扱いに「暗黙のルール」しかないか
- 業務委託と雇用の線引きが曖昧な状態が続いていないか
どれか1つでも当てはまるなら、「任意作成」を前向きに検討する価値があります。ニースル社労士事務所の「少人数の企業でも就業規則を作っている会社はありますか?」の解説動画もぜひご参照ください。少人数フェーズから任意作成する会社の具体例が紹介されている内容。私たちの実感とも重なる論点です。
就業規則の作成義務と任意作成のライン(労働基準法第89条)
就業規則の作成・届出義務は、労働基準法第89条で明文化されています。対象は「常時10人以上の労働者を使用する使用者」。作成しただけでは足りません。労働者代表の意見書を添えて、事業場を管轄する労働基準監督署へ届け出るところまでが一連の流れ。村松事務所「スタートアップ企業に労働法は適用される?」の解説動画もあわせてご覧ください。労働法はスタートアップにも一般企業と同様に適用される、という趣旨が示されています。「新しい業態だから例外」は通用しない、という前提を最初に押さえておきましょう。
「常時10人以上」の数え方(正社員・パート・役員の扱い)
「10人」のカウントは、一見シンプルに見えて、実務では判断が分かれるところです。基本方針は事業場単位で、継続雇用の労働者を数えるということ。
正社員は当然カウント対象。パート・アルバイトも、継続的に就労している方は含めます。一方で、繁忙期限定で数日だけ来てもらう単発アルバイトは、「常時」の枠外です。役員(取締役など)は原則カウント外ですが、いわゆる「兼務役員」で労働者としての実態が強い場合は個別判断となります。派遣労働者は、派遣元でカウントされ、派遣先ではカウントしません。
「10人になったらすぐ届出義務が発生する」と覚えてください。気づいたら義務ラインを超えていた、という状態はスタートアップの成長期に起こりがちな出来事です。定期的に人員構成を棚卸ししておくのがおすすめ。
絶対的必要記載事項と相対的必要記載事項
労働基準法第89条は、就業規則に記載すべき事項を2種類に分けて定めています。「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」です。
絶対的必要記載事項は、就業規則にもれなく書き込む必要のあるもの。始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、賃金の決定・計算・支払方法、退職に関する事項などが該当します。相対的必要記載事項は、「その定めをする場合には、就業規則への記載が求められる」というもの。退職手当、賞与、安全衛生、災害補償、表彰・制裁などが含まれます。
たとえば「退職金は当社では出さない」という運用なら、記載しないという選択も可能です。ただし「制度としては存在するが、条件は曖昧」という状態が一番トラブルになりやすいのが実務の実感。詳しくは厚生労働省「モデル就業規則」を参照しながら、自社の運用に合う設計を選んでいくのが安全です。
作成後に必要な労働者代表の意見聴取と労働基準監督署への届出
就業規則は「作ってオフィスの棚に置いておく」だけでは、法的な効力が完成しません。労働者代表からの意見聴取と、労働基準監督署への届出、そして労働者への周知。この3セットが揃って、はじめて就業規則として機能します。
労働者代表は、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者となります。この代表者の選出は「投票、挙手等」の民主的な方法で行う必要があり、経営者側が指名した人ではNG。ここを軽く扱うと、後日「就業規則そのものが無効」と争われるリスクが出てきます。
社労士武久の「就業規則作成の理想的なタイミングとは⁉︎」の解説動画でも、こんな趣旨が示されています。「10人になって慌てるのではなく、手前から準備を進めるほうがトラブル回避になる」——私たちの現場感覚とも重なる指摘です。
スタートアップが就業規則を任意作成する3つのメリット
スタートアップにとって、就業規則は「守り」だけの道具ではありません。採用・資金調達・組織づくりという「攻め」の局面でも効いてくるのが、任意作成する最大の理由です。私たちが伴走してきた事例から、代表的な3つの実利をご紹介します。あいパートナーズ「スタートアップ企業が社労士と顧問契約すべき理由」の解説動画もあわせてご参照ください。社労士との早期連携の意義として「トラブル予防」と「採用時の体制整備」が挙げられており、私たちの実感とも一致します。
メリット1:採用時の候補者からの信頼シグナルになる
スタートアップに応募してくる候補者は、大企業と比べると「制度の未整備」に対して敏感です。転職の意思決定材料として、給与や事業ビジョンだけでなく、「入社後の働き方のルール」を注視する方が増えています。
面接の場で「就業規則はありますか?」と直接聞かれるケースは、私たちのクライアントでも珍しくありません。「ある」と即答できる会社と、「これから作る予定です」と返す会社では、候補者の受け取り方が変わってきます。特に、大手からスタートアップへ転じるミドル層の候補者は、この一点で判断を変える方も存在します。
就業規則の整備は、採用ブランディングにも直結する、と捉えていただくのが実務的な理解です。
メリット2:資金調達・IPO準備で「後戻り工数」を減らせる
シリーズA以降の資金調達、そして将来のIPO準備で入る労務DDでは、就業規則が精査対象になります。「作っていない」あるいは「あるが実態と乖離している」ケースが指摘されると、調達交渉の途中で急ぎの整備工数が発生します。
私たちが伴走したケースでも、シリーズAの直前にDD対応で慌てて就業規則を整えた企業様がいらっしゃいました。時間に追われながらの整備は、条項の吟味が浅くなりがち。結果として「その場をしのぐ規程」になってしまい、後で作り直すコストが二重にかかった——というのは、正直な現場の反省です。
創業から1〜2年目のうちに基本形を作っておけば、シリーズA以降のDD対応は「差分アップデート」で済みます。時間軸の余裕こそが、良い規程を作る最大の材料なのです。
メリット3:創業メンバー間の暗黙のルールを言語化できる
スタートアップの初期は、創業メンバー間で「言わなくても分かる」暗黙のルールで動いている場面が多々あります。この空気感がフェーズ変化とともに、「新しく入った人には見えないルール」として摩擦の火種になるのです。
「うちは裁量労働だから残業代は出ない」「有給は取りたい時に取れる」「体調が悪ければ好きに休んでいい」——。こうした暗黙の合意は、5人フェーズなら問題なく回るもの。ただし10人、20人と増えていくと、期待値のずれが可視化されていきます。
就業規則を作るプロセス自体が、創業メンバーが「自社にとっての当たり前」を明文化する場になります。「言語化する痛みを、少人数のうちに済ませておく」——これは、私たちが伴走する中で経営者様から何度もいただいた気づきです。
資金調達・デューデリジェンス(DD)で見られる就業規則のポイント
シリーズA以降の調達・IPO準備で入る労務DDでは、就業規則の中身が細かく精査されます。特に「未払い残業代」「名ばかり管理職」「秘密保持・競業避止」「退職・解雇関連」の4領域が頻出論点。指摘を受けてから直すのではなく、事前に潰しておく設計が理想です。社労士前田の坂の上チャンネル「IPOを目指す企業が知るべき労務管理と審査の裏事情」の解説動画もぜひご参照ください。これらの労務論点がDDで指摘されるリスクとして、実務上重視される旨が示されています。
労働時間・残業代の設計(みなし残業・裁量労働の運用整合)
DDで最も指摘されやすいのが、「就業規則の記載と、実態の運用が食い違っている」パターンです。
固定残業代(みなし残業)を採用しているのに、就業規則に明記されていない。月何時間分に相当するかも書かれていない——これは典型的な指摘事項です。裁量労働制も、対象業務・対象労働者の範囲・みなし労働時間の規定が抜けると、制度そのものが無効と判断されるリスクがあります。
私たちがご支援する場合は、まず現行の勤怠データと給与明細を突き合わせます。「規程・給与・勤怠の三点セットが同じことを言っているか」を確認するところから始める流れ。ここが揃っていないと、どれだけ立派な就業規則を作っても、DDでは減点対象になってしまうのです。
秘密保持・競業避止・成果物帰属の条項
スタートアップは知的財産と機密情報が競争優位の中核にある業態です。秘密保持義務、退職後の競業避止義務、業務で創出した成果物の帰属。これらを就業規則および付随する誓約書で明確にしておくことが求められます。
競業避止義務は、範囲・期間・地域・代償措置のバランス次第で有効性が変わります。「退職後10年間、同業他社への就職禁止」といった過度な条項は、公序良俗違反として無効化されるリスクがある領域。「実効性のある競業避止」と「無効になる過剰な縛り」の間で、業種特性を踏まえた設計が求められます。
成果物の帰属は、業務発明の取り決めを含めて、雇用契約書・秘密保持契約書・就業規則の3階層で整合させておくのが安全です。
ストックオプション付与に伴う就業規則との整合性
スタートアップ特有の論点として、ストックオプション(SO)を付与している場合の就業規則整合があります。
SO付与規程と就業規則の懲戒条項が矛盾していないか、退職時のSO扱いが明確か。税制適格SOの要件(付与から権利行使までの在籍要件など)と、就業規則上の退職事由が整合しているか。これらはDDで細かく確認される領域です。
「SOは弁護士に、就業規則は社労士に」と別々に依頼して、両者の整合が取れていない残念なケースを、私たちも見てきました。スタートアップの人事制度は、士業間の連携が前提と捉えるのが安全。可能なら早期から相互に情報共有する体制を作っていくのがおすすめです。
退職・解雇関連条項の妥当性
退職・解雇関連の条項は、「書き方」だけでなく「運用実績」まで問われる領域です。
普通解雇事由・懲戒解雇事由が過度に広く抽象的に書かれていないか。退職時の引き継ぎや秘密情報の返還ルールが定められているか。有期雇用契約の更新・不更新のルールが明確か。これらはDDのチェックリストに欠かさず入る項目です。
解雇事由を細かく列挙しすぎると、かえって「列挙されていない事由では解雇できない」という運用リスクが出るのが実務の実感。抽象的な包括条項と具体的な例示のバランスが鍵になる領域です。ご心配ごとがあれば、中小企業向け就業規則の基礎ガイドもあわせてご参照ください。
スタートアップの就業規則に盛り込みたい実務項目
汎用ひな型そのままでは、スタートアップの実態に合わない条項が出てきます。リモート前提・少人数・変化のスピードといった特徴を踏まえて盛り込みたい5項目をご紹介します。社労士武久「休職制度を作る際に重要な7つのポイント」の解説動画もぜひご覧ください。休職制度は「発生してから整備すると遅い」典型例です。事前設計の意義は、私たちの現場感覚とも重なります。
リモートワーク・在宅勤務ルール(勤怠把握・費用負担)
コロナ禍以降、リモートワークを常態としているスタートアップが増えました。ここで就業規則に明記しておきたいのは、勤怠管理の方法と費用負担のルールです。
始業・終業時刻の申告方法、休憩時間の取り扱い、中抜けが発生した場合のルール。光熱費・通信費・オフィス機器の費用負担、情報セキュリティ上の遵守事項。これらを明文化しないままリモート運用を続けると、後で「経費として認められる範囲」で揉めごとが起きやすい傾向です。
「リモート手当を月◯円支給する」といった実費相当分の支給を制度化しているケースも増えています。金額の妥当性は、業務実態と税務上の扱いを踏まえて設計していきましょう。
副業・兼業の許可制と競業配慮
スタートアップでは、副業を持つメンバーが多いのが実情。「一律禁止」ではなく「許可制」または「届出制」で運用する設計が主流です。
許可制の場合、判断基準を明確に規定するのが実務のポイント。「本業への具体的支障の有無」「競業性の有無」「企業秘密の保護」の3軸で書き分けます。越水はるか弁護士「就業規則に『副業禁止』と明記すれば処分できるのか」の解説動画でも、こんな趣旨が示されています。就業規則に副業禁止と書いてあるだけでは処分の根拠として十分ではなく、業務への具体的支障が問われる——という論点です。
「書けば処分できる」ではなく、「どういう状況なら制限が正当化されるか」を先に整理しておくのが安全です。
フレックスタイム制・裁量労働制の設計
スタートアップの働き方に合いやすいのが、フレックスタイム制や裁量労働制。ただし、導入の要件を満たさないまま「運用だけフレックス」になっているケースを、私たちは何度もお見かけしてきました。
フレックスタイム制は、就業規則への規定と、労使協定の締結が必要です。清算期間、標準労働時間、コアタイム・フレキシブルタイムの設定など、書き込む項目は決まっています。裁量労働制は、対象業務・対象労働者・みなし労働時間・健康福祉確保措置などが規定要件。
「制度導入」と「就業規則の記載整備」はセットで進めていきましょう。ここが揃っていないと、DDでも労基署の是正指導でも問題視されます。
休職制度(メンタル不調・私傷病)の枠組み
休職制度は法律上必須ではありません。ただし「実際にメンタル不調者が出てから慌てて作る」ケースがトラブル化しやすい領域です。
休職事由(私傷病・メンタル不調・自己都合など)、休職期間(勤続年数別の上限)。復職判定の基準・プロセス、復職不能時の自動退職の扱い。これらを事前に規程化しておくと、いざ発生した際の判断がスムーズになります。
私たちが伴走した企業様でも、規程がない状態でメンタル不調者が発生した事例がありました。休職期間の目安・復職判定の主体・復職不能時の処遇について、経営者様が判断に苦しむ場面が生じたのです。「発生してから」ではなく「発生する前」に整えていくことが、後々の負担を大きく減らします。
情報セキュリティ・SNSに関する服務規律
スタートアップは、機密情報の取扱いと情報発信に敏感な業態です。服務規律として、情報セキュリティとSNS利用に関する条項を盛り込む企業様が増えています。
社内情報の外部漏えい禁止、業務で使用する端末の管理。私用SNSでの業務関連発信のルール、生成AIツールの業務利用に関する遵守事項。これらは日々変化する領域です。就業規則本体には原則を書き、詳細は別途「情報セキュリティガイドライン」等の運用文書に落とす二層構造がおすすめです。
就業規則づくりの進め方|KT社労士事務所の伴走の型
「作らなきゃとは思うけれど、何から手をつければいいのか分からない」——ここで止まってしまう経営者様は多くいらっしゃいます。私たちKT社労士事務所は、いきなり完璧を目指さず、成長ステージに合わせて段階的に整える伴走を大切にしています。押し付けではなく、経営者様の隣で一緒に考える型を、以下でご紹介します。Office Azuma Channelの「Startup HR Rules」の解説動画もぜひご覧ください。事業実態に合わせて条項を選び直すアプローチの重要性が触れられており、私たちのスタンスとも重なります。
ステップ1:現状のオペレーションと将来像のヒアリング
最初のステップは、現状の働き方と、経営者様が思い描く将来像の両方をヒアリングすることから始めます。
「今、勤怠はどう管理しているか」「残業代の考え方は」「有給の運用実態は」「業務委託と雇用の線引きは」。現状のオペレーションを一つひとつお聞きしていきます。並行して、経営者様の描く将来像もお聞きする流れ。「1年後・3年後、どんな組織にしたいか」「採用ペースの見込みは」「資金調達のタイミングは」を丁寧に聴いていきます。
このステップで大切にしているのは、「規則を作ること」より「経営者様の頭の中を整理すること」。作成物の質は、この対話の深さで決まります。
ステップ2:たたき台の作成と経営者・現場との対話
ヒアリングを踏まえ、「御社仕様のたたき台」を作成します。厚労省モデル就業規則をベースに、業種特性・組織フェーズ・将来像を反映した条項に組み替えていく作業です。
たたき台ができたら、経営者様と条項ごとに対話します。「この条項の意図」「実際に運用できるか」「現場メンバーが理解できる言葉か」。一つひとつ確認しながら、「使える規則」に磨いていきます。この対話段階で、実は経営者様ご自身が「自社の当たり前」を再発見される場面が多いのです。
必要に応じて、労働者代表となる方との対話の場もセッティング。意見聴取が「形式」で終わらないよう、実質的な対話を大切にしています。
ステップ3:施行後の運用フォロー(見直しサイクル)
就業規則は「作って終わり」ではなく、施行後の運用フォローが本質。ここが抜けると、規程と実態が数年でずれていきます。
私たちは、施行後の運用フォローとして、四半期または半期ごとの見直しミーティングをおすすめしています。「規程通り運用できているか」「実態と乖離している条項はないか」「法改正への対応は要るか」。このサイクルを回すことで、規程が生きた道具として機能し続けます。
法改正の情報キャッチアップは、日々アップデートされる領域。顧問契約の中でこの部分を伴走できるのは、私たちのような社労士との継続関係だから提供できる価値と捉えています。
「厚労省ひな型そのまま」がなぜおすすめしにくいのか
厚生労働省の「モデル就業規則」は非常に有用な参考資料です。ただし、「そのまま流用」はスタートアップにはおすすめしにくいのが実感。
理由は3つ。1つ目は、モデル就業規則が「最大公約数」的な内容で、スタートアップの実態と合わない条項が含まれること。2つ目は、モデルの福利厚生や休暇制度が、少人数フェーズの企業に対して過剰になりやすいこと。3つ目は、モデルと実態が乖離すると、いざトラブルの際に「規程はあるが守られていない」という最悪の状態を招きやすいこと。
参考にはしつつ、「自社に合う条項を選び直す」プロセスが必須と捉えていただくのが安全です。
内製と社労士依頼、それぞれの向き不向き
「内製で作るか、社労士に依頼するか」——これは経営判断です。私たちは「内製が向くフェーズ」と「社労士依頼が向くフェーズ」があるとお伝えしています。
内製が向くのは、経営者ご自身に労務知見があり、時間的余裕がある創業初期。シンプルな条項で足りるフェーズなら、内製で作りきることも可能です。一方で社労士依頼が向く局面もあります。資金調達を控えている、複雑な労働時間制を検討している、DDや監査を意識した規程が要る——といったケースです。
「まずは自分たちで叩いて、行き詰まったところから社労士に相談する」ハイブリッドも、実務ではよく採るアプローチ。私たちKT社労士事務所へのご相談窓口から、些細なことでもお気軽にお問い合わせください。サイトのトップページから、支援事例もご覧いただけます。
スタートアップの就業規則に関するよくある質問
最後に、日頃ご相談いただくことの多いご質問をまとめました。ここに載っていない疑問も、ぜひお気軽にお問い合わせください。どんな些細なことでも、まずはお話をお聞かせいただければと思います。
従業員が10人未満のうちは、就業規則がなくても本当に問題ありませんか?
労働基準法上、常時10人以上の労働者を使用しない事業場では、就業規則の作成・届出は義務ではありません。ただし、労働条件や服務規律を明文化していないと、勤怠・残業・退職といった局面でトラブルの温床になりやすい傾向があります。「義務ではない=不要」ではなく、任意作成の意義を一度ご検討いただくことをおすすめします。
就業規則に「副業禁止」と書いておけば、副業をした社員を処分できますか?
一律に「書いてあるから処分できる」とは言いにくいのが実情です。裁判例では、本業への具体的支障・企業秘密の漏えいリスク・競業性などを踏まえて個別判断される流れ。就業規則の記載だけを根拠に処分するのは難しいケースもあります。越水はるか弁護士の解説動画でも同様の趣旨が示されています。無効な条項にならないよう、許可制・届出制など柔軟な設計をご検討いただくのが安全です。
退職代行を経由した退職は、就業規則で禁止できますか?
「退職代行の利用を禁止する」と就業規則に書いても、労働者からの退職の意思表示自体を止めることは法律上難しいと考えられます。越水はるか弁護士「退職代行 就業規則で禁止して無視できる?」の解説動画でも、同様の趣旨が触れられています。退職手続きの窓口や引き継ぎのルールを整えるといった、代替アプローチのほうが実効的です。「できません」で終わらせず、こちらでできる形にご一緒に落とし込んでいきましょう。
資金調達を控えているのですが、就業規則はいつまでに整えれば良いですか?
投資家・VCによって温度感は違います。シリーズA以降の調達を見据えるなら、遅くとも調達交渉が本格化する前に、基本的な就業規則を整えておかれるのがおすすめです。DDで論点になりやすい労働時間・残業代・秘密保持・退職関連は、時間をかけて設計するほど納得感のある内容に仕上がります。1年前から準備を始めていただくのが理想的な時間軸です。
厚生労働省のモデル就業規則をそのまま使うのはダメですか?
「使ってはいけない」ということはなく、参考資料として非常に有用です。ただし、モデル就業規則は最大公約数的な内容のため、スタートアップの実態と合わない条項も少なくありません。そのまま流用すると、いざトラブルの際に「実態と規程が食い違う」事態が起こりがちです。ベースにしつつ、事業に合わせて選び直すのが安全です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
スタートアップの就業規則は、法的義務の有無だけで判断するものではありません。採用・資金調達・組織づくりを前に進める「経営の道具」として整えていくのがおすすめです。ご不明な点や、ちょっとした疑問があれば、お気軽にご相談ください。どんな些細なことでも、まずはお話をお聞かせいただければと思います。
私たちKT社労士事務所は、経営者様の隣で一緒に考える伴走者として、細やかに寄り添うサポートを大切にしています。「人を活かして、経営に力を」——このタグラインが体現される場を、これからもご一緒に作っていければ嬉しく思います。経営者様が本業に集中できる労務基盤づくり、いつでもお声がけください。










